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2006年6月28日 (水)

Back to 1980 おたく前史?

みくしのきょうさんの日記を読みながら思い出す。
オタクかぁ・・先日、アキバでメイドカフェ行った時も、彼等とは大きな壁を感じたが・・普通の人から見りゃ一緒だよなぁ・・と(汗)

1stガンダムが終了した昭和55年。セル画を求めて、吉祥寺やら上石神井、大泉学園、そして平河町とセル画交換や販売で有名ドコへは、ほぼ毎週、どこかしらに通っていた。当時、集めているセルの趣味が合う人とか、仲良くなった人も結構いたのだが・・今となって所有しているセル画ファイルの中身や、好きなアニメの話をした事、また、その光景を思い出しても、彼らの名前を思い出すことは出来無い・・。

なぜなら、不思議と名前は聞かなかったから・・すべて「おたく」で済ませていたのだ(爆)。当時、セル画のファイルを広げて歓談する時、「おたくのセル見せて」「そういや、おたくこの作品好きだったよね」と、全て2人称、なんの違和感も無く普通に使っておりました。しかしホント名前を呼びあわなかったな・・(笑)。

唯一、あの場所で、名前を聞いたのが同年代で共に東デに進み、一緒にアニメスタジオを作った、通称「赤スタ(いつも赤いスタジアムジャンパーを着ていたから)」こと讃○平氏だった(笑)。(某ナウシカ・バース・レダ等でテロップ出てます。彼)

「おたく」という言葉がメジャーになったのが1982~83年頃だから、それよかちょっと前の話ですよね。実際、某SF大会と並び、セル画や同人誌即売会の場はオタクの起源とされているからなぁ・・おたくの祖先か?

ゆうきまさみのにげちゃだめかな?(ちょっと古い記事ですが)に、当時の事が語られています。「まんが画廊」は憧れにして幻の喫茶店です。ぱじゃたさんにとってのバルディオスのセル画を売っていたあいどるのような存在で、当時、ダイターン3のセル画を「まんが画廊」で売っていたのでした。ワタシがダイターン3のセル画を集め出した頃、既にその店は無く、「画廊」に行った事のある方から当時の様子を聞いてた羨んだものでした。

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コメント

>「おたく」という言葉がメジャーになったのが1982~83年頃だから、

 それはちょっと違うんじゃないでしょうか。
 確かに、あいどるのセル売りの列に並んでいた時にも、「おたく」と呼びかけられましたし、呼び合う集団は見た事があります。
 そんな集団そのものに「おたく」と名付け、そう認識して使用していたという証言も幾つかある様です。
 例えば、月刊アスキーのコラムの挿絵を担当していた細野不二彦が、スタジオぬえでは以前から言っていた、と書いています。
 しかし、それを商業印刷媒体に載せたのは、空モモが終わったその月1983年5月に漫画ブリッコ6月号に掲載された「おたくの研究」(中森明夫)が最初になる筈です。(参考:http://www.burikko.net/people/otaku.html)
 今となっては恥以外の何物でもありませんが、1983年2月に私自身がアニメージュのグラビア特集のための取材を受けました。
 今で言う、アニメおたくそのもの数種類の生態をグラビア化して特集したものでしたが、3月10日頃発売になった時のグラビアタイトルは「わぁ~マニア…」という物でした。
 もう半年後だったら、「おたく」の初期サンプルの扱いだった事でしょう。
 その半年の間に、それまでは聞いた事が無かったこの「おたく」という言葉が、業界内には燎原の炎の如くに広がり、浸透していったのを私自身が目の当たりにしています。
 それでも、一般の人が認識するにはもう数年を待つ必要がありました。
 1989年7月に大雪山SOS事件が起こり、翌月8月に宮崎勤が逮捕されています。
 業界用語に過ぎなかった「おたく」が、ワイドショー等で繰り返し取り上げられました。
 普通の人が「おたく」を知る様になったのがこの辺りからですね。
 この頃に私も随分聞かれました。「おたくって何?」「あんた、おたく?」
 空モモが終了し、「おたく」という言葉が作られ、6年のタイムラグを置いて「おたく」が爆発的に世間に知れ渡る様になったのです。
 従いまして、ミンキーモモ放映中にスタッフから「あれ、オタクですよ」と聞いて「はあ。あれが、オタク」と思ったという首藤さんのコラムの記述は、意図的に脚色されたものか、ただの勘違いだと思われます。
 と、ざっと書いてきましたが、いまいさんの印象はどんなものでしょうか?

投稿: 桃杖海姫 | 2006年6月28日 (水) 17時12分

たしかに・・。1982~3年と書いたのは、その中森明夫氏の
記事がだいたいその辺りだったんだろうなぁ・・と思ったので
そう書いてみました(笑)。ちょっと参考リンク先読んで来ようっと。確かにあくまで『業界用語』で、メジャーつうほどモノでも無かったですかね一般的に。オタクってのがメジャーになったのが80年代後半というか昭和の終わり辺りになるのですね。
そういや、我家に1冊だけ『ブリッコ』ありました(笑)いつ入手したか記憶に無いなぁ。

ワタシが現役の頃は、セル(画)マニアとかセル画コレクターでしたし、オタクって呼ばれた事もないしなぁ・・最近はあるか(汗)

首藤さんの記事に関しては、ワタシも同感でちょっと違和感ありますね。ただ、ああいう影響力のある方が書くと、やはり、『ああ、そうなんだ。』って思ってしまいますよね。

投稿: いまい | 2006年6月28日 (水) 17時28分

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